高畑勲の愛称がパクさんなのは在日韓国人だから?経歴や代表作を調べた!

日本アニメ界の巨匠の一人高畑勲氏が死去しました。

大変惜しい方の死に、今衝撃がはしっています。

そこで今日は高畑勲氏について述べていきたいと思います。

まず畑勲氏は愛称パクさんと言われるのは食パンが好きだからと
言う方や、在日韓国人だからという方もいますが、本当はどうなんだろう。

更に高畑勲氏の経歴代表作も調べてたので最後までよろしく
お願いします。

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高畑勲氏の愛称はパクさん!

高畑勲氏の愛称パクさんと言われていますが。

その理由は、東映動画時代に遅刻の常習犯だったからです。
遅刻した際に、食パンをパクパク食べていたんだって。

それでパクさん
なーるほど・・!

遅刻の常習犯って、本当なんでしょうか?

なんとあの宮崎駿さんや鈴木敏夫さんなど
昔の同僚からも「パクさん」と言われていたみたいで
その理由も、遅刻した際に職場でパンをパクパク食べていた
からだって、言っていますから。

本当に食パンが好きだったからでしょうか?

遅刻してパンをパクパク食べていたのは
手頃な食べ物だったのかも知れませんね。

高畑勲氏の愛称パクさん、在日韓国人のパクさんだから?

高畑勲氏の愛称パクさん、在日韓国人だから

などと素朴な疑問を持つ方もいますね!

確かに、韓国人って金さん、パクさんという方
多くいますね。

韓国の前大統領も朴槿恵さん(パク・クネ)さんという方でしたね。

ですかた、そのように思う方がいても不思議ではありません。

そこで、高畑勲氏の出身地を調べてみたのですが
日本三重県宇治山田市(現伊勢市)で1935年10月29日生まれで
れっきとした日本人です。

また帰化したという、情報もありませんし
そのような事実もありません。

これってある意味、日本人の悪いところかも知れませんね。

実際僕も、よく金田さんや、森さんという苗字の方は韓国人ではと
思っていたこともありましたからね。

高畑勲氏の経歴

高畑勲氏は、アニメの監督として宮崎駿さんと共に日本の
第一人者の方です。

生まれは現在の伊勢市で、1935年10月29日で
82歳でなくなりました。

本当に惜しい方を無くしたと、多くのジプリファンの方は
もちろん、多くの方が悲しんでいます。

東京大学卒業後、『やぶにらみの暴君』に感動して、アニメーション
映画を自分で作ることを決意したのです。

自分のしたい事を、すぐに実践できるように考えられたのか
東映動画に入社、『オオカミ少年ケン』で演出デビューを果
たした後、その仕事ぶりが認められて、『太陽の王子ホルス
の大冒険』で監督に大抜擢されました。

その後、後輩の宮崎駿氏とともにAプロダクションに移籍します。

そこで『ルパン三世』の監督(演出)を担当、これが後のルパン
シリーズの原型となります。

1973年にはズイヨー映像に移籍、テレコム・アニメーションフィルム
を経由した後、1985年スタジオジプリを立ち上げます。

その後も、アニメーション制作に力を注ぎ多くの作品を手がけています。

そしてアニメーションの可能性を広げ続けた人として、1988年秋の紫綬
褒章を受章しています。

最近は、病院に入退院激ヤセで心配されていましたが
2018年4月5日に帰らぬ人となったのです。

改めてご冥福を祈ります。

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高畑勲氏の代表作品

高畑勲氏の代表作品として真っ先にあげるのは
『火垂るの墓』ですね。

涙なしでは見られない作品です。

この作品で、高畑氏は戦争の悲惨さを伝えています。

この作品は作者の野坂昭如氏の実話で、戦時中野坂氏
幼い妹と、兄妹だけであの厳しい生き抜いた物語で

妹が命を落とすという。

野坂氏いわく妹への追悼の意として火垂るの墓の諸説の執筆に
取り組んだそうです。

その兄弟愛や戦時中の厳しさを、アニメとして見事に演出しています。

次は、当時賛否両論のアニメーション映画。

『かぐや姫の物語』リアルでありながら、繊細な描写見事でした。

姫の犯した罪と罰で泣いた方もいれば、愚作だと言いう方もいて
批評が別れていましたが。

この作品で、高畑ワールドを確立したことは間違いありません。

あの名作『赤毛のアン』も挙げなければなりませんね。

赤毛のァンの小説を読まれた方かたも、アニメーションの
赤毛のァン、主人公の想像力溢れる世界が広まりましたね。

そして『おもひでぽろぽろ』
誰もがそんな時もあったと頷く作品です。

更には、おまわず笑ってしまう『平成狸合戦ぽんぽこ』

CMでもよく見られるている『アルプスの少女ハイジ』

オープニングのあのブランコはどこにつながっている疑問や

クララが立った時の感動忘れられません。

あのルパン三世シリーズの原型もこの高畑勲氏だったんですよ!

まあ携わった作品も。ルパン三世を始め。母を訪ねて三千里
それから、じゃりん子チエも携わっていたんですよ。

今度じゃりン子チエを見るとき、そうなんだこの作品も
高畑勲氏がたづわわっていたんだ。

高畑勲追悼作品として、今後多くの作品のテレビ放映が有るはず
この作品も、あの作品もと

名作ばかりでうから是非ご覧になって下さい。

まとめ

今回高畑勲氏の逝去という悲しいニュース。

死因は心臓疾患ではと言われています。

亡くなられ事は悲しい出来事ですが
多くの素敵な作品ありがとうと言って

感謝の意を表したい
それが供養になるのではと
思っています。

それでは、今日も最後までご覧いただきありがとう御座います。

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